2015年6月3日,WHOに報告された件数は1179例に上っています。うちの死亡例は442件あります。全体的に見ると,性別の報告があるMERS感染症例(1165件)の66%が男性で,年齢の報告がある症例(1172件)では年齢の中央値は49歳(9ヶ月から99歳の範囲)となります。
現在25カ国で症例が報告されています。その地域別内訳は,中東(エジプト,イラン,ヨルダン,クウェート,レバノン,オマーン,カタール,サウジアラビア,アラブ首長国連邦,イエメン),アフリカ(アルジェリア,チュニジア),ヨーロッパ(オーストリア,フランス,ドイツ,ギリシャ,イタリア,オランダ,トルコ,英国),アジア(中国,韓国,マレーシア,フィリピン),北米(米国)となっています(図1を参照)。症例の大半(85%以上)はサウジアラビアからの報告によるものです。2015年5月からは新たに2カ国(中国と韓国)に感染が発生しています。
5月20日に韓国から1件の感染の報告がありました。患者はつい最近までサウジアラビア,カタール,アラブ首長国連邦,およびバーレーンを旅行しており,旅行中は健康に異常はなかったということでした。患者が帰国してからの接触歴の調査が進められており,これまで29件の感染例が検査で確定し,うち2件は死亡しています。感染者には帰国患者の世話を担当した医療従事者,医療施設でこの患者と共に医療を受けた他の患者,家族が含まれています。このうち三次感染が証明されている症例は限られています(3件)。WHOは韓国当局と密接な連絡を取っており,韓国側もこれまでWHOに対し積極的に情報を提供してきました。このMERS(中東呼吸器症候群)の発生は中東以外の地域では最大の流行となっています。検査によるMERSの症例が初めて確認されてから,患者との接触歴の追跡が精力的に行われており,2015年6月3日現在,1369件の接触者が追跡され,自宅や国家施設において隔離されています。
韓国で感染した患者の一人は飛行機で香港特別区へ飛び,そこからバスで中国の広東省を訪れました。この患者は旅行中に症状が見られました。中国保健当局はこの患者を隔離して,香港および中国でこの患者と接触した人を特定しました。接触者は隔離・観察のうえMERSコロナウイルスの検査を受けました。これは中国におけるMERSの初めての報告例です。
WHOは韓国・中国の保健当局および国際的専門機関との密接な協力のもとに,MERS流行のコントロール,発病者の適切な治療,感染拡大の防止,今回の流行における伝染パターンおよびリスク要因についての解明を引き続き進めていきます。
リスク評価
現在韓国で発生しているMERS流行は中東地域(サウジアラビア,カタール,アラブ首長国連邦,バーレーン)を訪れた一人の旅行者を発端としてしています。WHOはこれらの国々の保健当局と連絡を取り,感染源として可能性のあるものについて調査しています。韓国においては,発端となった患者から親族,同一病室・病棟の患者,医療従事者に伝染したと思われます。MERSの発生が疑われたり診断が施行されたのはこうした感染への暴露が起きてしまってからでした。病院内や家庭内での感染はこれまでも見られています(例えば,サウジアラビア,アラブ首長国連邦,フランス,英国における感染)。今回の場合は中東以外の地域における最大の院内感染になっています。またMERSコロナウイルスが韓国や中国に持ち込まれた最初のケースでもあります。韓国から中国へ旅行した人は発症していました。
今度のMERS発生では,十分な感染予防策や抑制策が取られるようになったのは,診断されたウイルス感染の症例が全て起きてしまってからで,これはこれまで中東地域で見られた院内感染のパターンの繰り返しであることを示しています。感染状況および接触者の監視が現在行われており,この事態に伴うリスク評価の確度を上げるためのデータが集められています。また韓国および中国の患者から採取されたウイルスの遺伝子配列の解析が行われています。
MERSコロナウイルスは人畜共通ウイルスであると考えられ,ヒトへの二次感染を引き起こす可能性があります。感染のほとんどは中東地域で見られ,そのうちの地域感染の多くはウイルスに感染したヒトコブラクダまたはその畜産物と直接あるいは間接的に接触することが原因であると考えられます。ラクダとの接触による感染は全症例の一部でしかありません。人がMERSコロナウイルスに感染し発症していると,その人から別の人へMERSが伝染可能になりますが,固有の伝播機序,リスク要因,伝染を促進する条件については確かなことが判明していません。地域感染では広範なウイルス伝播は見られていません。MERS流行の国々では家庭内での人から人への伝染は見られるものの,これまで報告された感染例のほとんどは医療現場における人から人への伝染によるものです。医療現場での感染の予防やコントロールが十分でないために,2014年4月から5月にサウジアラビアで見られたケースのように,多数の二次感染者が発生することがありました。
韓国の保健当局が感染対策を取らないうちに初期感染者と接触してしまった人にMERS感染が新たに生じることが考えられ,WHOは韓国からその報告があるものと予期しています。中東地域ではこれまで,十分な感染対策と公衆衛生上の措置を継続して取ることでMERS蔓延を防いできました。
勧告
感染防止とコントロールへの認識を高めそれを実施する措置を取ることは,医療現場で起こりうるMERSコロナウイルスの拡大を防止するうえで極めて重要なことです。感染初期においては必ずしもMERSコロナウイルスの感染患者を識別できるわけではありません。このため全ての医療機関は感染症全般に対し標準的な感染防止やコントロールの措置を講じる必要があります。MERS発生の疑いがある場合,迅速スクリーニングと感染の疑いのある患者の検査を行うための指針や手順を発動して,迅速にこの患者のケアを実施し,他の患者,面会者,医療従事者との接触回数を極力減らすようにしなければなりません。急性呼吸器感染症の症状のある患者のケアを行うときには,眼保護を含む飛沫予防策を標準的な予防対策に加えて実施する必要があります。
他の措置としてリネン管理,清掃と消毒,廃棄物管理があります。飛沫発生手技を行う場合を除き,通常飛沫予防策を取る必要はありません。
全ての国の医療従事者および医療施設は,とりわけ中東地域から帰国する旅行者や出稼ぎ労働者がMERSコロナウイルスを持ち込むことに対しては常に厳重な警戒を怠らないようにしなければなりません。各国はWHOのガイドラインに沿って適切なMERSコロナウイルスのサーベイランスを実施するとともに,医療施設においては感染防止と抑制の措置を取るようにすることが必要になります。
WHOは加盟各国に対しMERS感染の疑い症例または確定症例がある場合には直ちに通知し,ウイルスへの暴露,MERSの検査,患者の臨床経過についての情報を報告するように要請しています。医療現場において医療従事者がどのようにして感染するのかについて解明を進めることが緊急に求められています。
入国地点における特別なスクリーニング検査,あるいは今回のMERS流行に関しての旅行や通商の制限についてWHOが勧告を示すことはありません。
感染調査のガイドラインおよび方法については次のウェブサイトを参照してください。
WHO website より引用掲載したものです。