Mark Gershman, J. Erin Staples
黄熱ウィルス(YFV)は一本鎖RNAウィルスで、Flavivirus(フラビウィルス)属に属します。
蚊が媒介する感染症で、感染している蚊に刺されることで起こり、媒介する蚊はAedes種やHaemagogus種です。ヒトおよびヒト以外の霊長類がウィルスの主な保有宿主で、動物を介してヒトからヒトに感染が起こります。黄熱の感染サイクルには3つあり、それらは①森林(ジャングル)②型、中間(サバンナ)型、③都市型です。
① 森林(ジャングル)型は、ヒト以外の霊長類と林冠に生息する蚊種の間でのウィルス感染によって感染サイクルが形成されています。ヒトが仕事やレクリエーション活動でジャングルに入ると、ウィルスは蚊を介してサルからヒトに感染します。
② 中間(サバンナ)型はアフリカで、木の裂け目で増殖する蚊(Aedes種)からジャングルの周辺境界部で生活するヒトへのYFV感染によって感染サイクルが形成されています。このサイクルでは、こうした蚊を介してサルの仲間からヒトにまたはヒトからヒトにウィルスが感染します。
③ 都市型は、ヒトと都市の蚊(主にAedes aegypti蚊)の間でのウィルス感染によって感染サイクルが形成されています。
YFVに感染したヒトは重度のウィルス血症を発症し、発熱直前や第3~5病日の間に蚊へのウィルス感染を引き起こすことがよくあります。ウィルス血症が重度であることから、輸血や注射針を介した血液による感染が起こることが考えられます。
黄熱はサハラ以南のアフリカと南アメリカの熱帯地方で発生し、これらの地域では黄熱の地域性流行や一時的流行がみられます(YFV感染のリスクがある国のリストは表3-21と3-22を参照)。ヒトが発症する黄熱のほとんどは、森林型感染サイクルと中間型感染サイクルで起こる疾患です。しかし、都市型の黄熱がアフリカで周期的にアメリカでは散発的に発生しています。先天性免疫反応は年齢とともにしだいに高まるため、アフリカでは乳児と小児が発症するリスクは最も高くなります。南アメリカでは、黄熱が最も高い頻度で起こるのは、森林やその周辺地域で働いている時に媒介蚊に刺される予防接種を受けていない若者です。
表3-21 黄熱ウィルス(YFV)感染のリスクのある国1
1世界保健機関が定義する「黄熱感染のリスクがある」国や地域とは、「現在またはこれまでに黄熱の報告があり、かつ媒介動物および動物の感染保有宿主がいる」国や地域のことをいう「海外旅行と健康(International Travel and Health)」(付録1)にある“the current country list”参照 (www.who.int/ith/en/index.html) (http://www.who.int/ith/en/index.html) (http://www.cdc.gov/Other/disclaimer.html))。
2これらは全地域が浸淫地帯ではない国(国の一部の地域でしか黄熱感染のリスクがみられない国)。
表 3-22 黄熱ウィルス(YFV)感染の可能性の低い国1
1この表に記載されている国は、YFV感染のリスクのある国に関するWHOの公式リスト(表 3-21)に含まれない。したがって、これらのいずれかの国からワクチン接種が入国必要条件である国に渡航する場合、黄熱ワクチン接種証明は必要ない(ただし、到着する旅行者すべてに黄熱ワクチン接種証明を求める国を除く、表 3-24参照)
2一部の地域でのみ“YFV感染のリスクが低い”、それ以外の地域ではYFV感染のリスクはないに分類されている国
3国全域が“YFV感染のリスクが低い”に分類されている国
黄熱に感染する旅行者のリスクファクターはさまざまで、免疫状態、旅行する場所、季節、感染の可能性期間、旅行中の仕事上やレクリエーション活動、旅行時の現地のウィルス感染率などがあります。ヒトでの報告症例は黄熱発症リスクの主要な尺度となりますが、感染の程度が低い、集団内の免疫レベルが高い(予防接種のためなど)、症例検出のための地元のサーベイランスシステムが機能していないため、症例報告がないことがあります。この「疫学調査で報告がない」ことはリスクがないことではないので、ワクチン接種せずに旅行すべきではありません。
西アフリカの地方でのYFV感染には季節変動がみられ、雨季の終わりと乾期の初めの期間(通常7~10月)リスクが高くなります。Ae.aegyptiによるYFV感染は、乾期でさえ地方や人口の密集した都市部で一時的に起こることがあります。
南アメリカでの感染のリスクは、雨季の期間(1月から5月で、2月と3月に発症率はピークになる)に最も高くなります。高度なウィルス血症が感染者や多くの町・都市の広範囲なAe.aegyptiの分布区域でみられることから、南アメリカでは大規模な都市型流行のおそれがあります。
1970年から2010年までに、全部で9例の黄熱病の症例が、ワクチン斗接種の米国とヨーロッパの旅行者において報告され、旅行先は西アフリカ5例、南アメリカ4例でした。これら9名の旅行者のうち88% (8名)が死亡しました。ワクチン接種をした旅行者での黄熱病の発症例は、これまで1例しか記録されていません。死亡に至らなかったこの症例は、1988年に西アフリカ数カ国を訪れたスペインの旅行者でした。
黄熱に感染するリスクを予測することは、ウィルス感染の決定因子がさまざまであるため困難です。ワクチン接種をしていない旅行者が黄熱の浸淫地帯を旅行する場合、2週間の滞在期間内に黄熱を発症したり黄熱で死亡するリスクは次の通りです。
・西アフリカでは、発症は10万例に50例、死亡は10万例に10例
・南アメリカでは、発症は10万例に5例、死亡は10万例に1例
これらの推定値は、たいてい感染がピーク期の現地の全住民を対象にしたリスクに基づくおおまかな指標です。したがってこれらのリスク推定値は、免疫プロファイルが異なり、蚊に刺されないように注意し、戸外にいることが少ない旅行者のリスクを正確に予想するものではありません。
南アメリカで黄熱に感染するリスクがアフリカでのそれより低いのは、サルの間でのウィルス感染を引き起こす南アメリカの林冠に生息する蚊はヒトに接触することがあまりないためです。また、ワクチン接種により地元住民の免疫レベルは比較的高く、それによって感染リスクが低くなっています。
無症候性感染または不顕性感染が、YFV感染者のほとんどのケースで起こると考えられます。症候性である場合、潜伏期は通常3~6日です。初期には症状に特徴のないインフルエンザ様症候群がみられ、発熱、寒気、頭痛、背中の痛み、筋肉痛、疲はい、悪心、嘔吐が突然起こります。患者のほとんどは、初期症状のみで、回復します。患者の約15%は、わずか数時間から1日の緩解期の後、黄疸、出血症状、最終的にはショックや多臓器不全を特徴とする重症期または中毒期に進行します。肝障害や腎障害のある重症例の症例致命率は20%から50%になります。
予備的診断は、患者の臨床症状、旅行場所と旅行日、旅行中の活動に基づいて行います。検査室診断は以下の方法で行うのが最善です。
・ウィルス特異的IgMおよびIgG抗体を検出する血清学的分析。他のフラビウィルスに対する抗体との間で起こる交差反応のため、プラック減少中和試験のようなより特異的な抗体検査を行って感染を確定することが必要。
・YFVまたは黄熱RNAウィルスが原因である黄熱の初期に、ウィルスの分離や核酸増幅検査を行なう。しかし、より明白な症状がみられるころまでに黄熱ウィルスまたはRNAウィルスは検出されないことが多い。このため、黄熱の診断を除外するためにウィルスの分離や核酸増幅検査を用いるべきではない。
治療は対症療法のみです。安静、補液、鎮痛薬や解熱薬の投与により、発熱や疼痛の症状を軽減します。アスピリンや非ステロイド性抗炎症薬のような出血のリスクを高めることがある薬の投与は避けるよう注意しなければなりません。感染者は、第2~3病日の間さらに蚊に刺されないようにして(室内または蚊張の中にとどまる)、感染サイクルの一因とならないようにしなければなりません。
蚊に刺されない。
黄熱をはじめとする蚊が媒介する疾患を防ぐ最善の方法は、蚊に刺されないようにすることです。
黄熱は、比較的安全で有効なワクチンによって予防できます。現在製造されている黄熱ワクチンはすべて、弱毒生ワクチンです。米国で市販許可されている黄熱ワクチンはYF-Vaxだけで、Sanofi Pasteur社が製造しています。米国外で製造されたワクチンも含め、いろいろな黄熱ワクチンの反応原性や免疫原性の比較試験により、さまざまなワクチンで生じる反応原性や免疫応答に有意な差はないことが示されています。したがって、米国以外で黄熱ワクチンの投与を受ける場合、黄熱を防ぐことができると考えるべきです。
黄熱ワクチンが推奨されるのは、南アメリカやアフリカのYFV感染のおそれのある地域に旅行するまたは住む9ヵ月以上の人です。さらに、入国に黄熱ワクチン接種証明が必要となる国もあります。黄熱ワクチン接種の必要条件と推奨に関する特定の国のより詳細な情報は、この章の最後の項、国別の黄熱とマラリア情報を参照してください。
黄熱ワクチン接種後に生じる重篤な有害事象の可能性のため、次の場合以外はワクチンを投与すべきではありません。1) YFV感染のおそれがある場合 2) 入国にワクチン接種証明が必要となる場合です。重篤な有害事象のリスクを最小限に抑えるため、黄熱ワクチンを投与する前には禁忌に十分注意を払い、ワクチン接種上の注意を考慮すべきです(表 3-23 )。さらに情報が必要な場合は、予防接種の実施に関する諮問委員会 (Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP)の黄熱ワクチンの推奨を参照してください (www.cdc.gov/vaccines/pubs/ACIP-list.htm(http://www.cdc.gov/vaccines/pubs/ACIP-list.htm))。
適格者すべてに、再編成ワクチン0.5 mLを1回皮下接種しなければなりません。世界保健機関(WHO)が発行している国際保健規則(International Health Regulations (IHR))では、10年の間隔で再接種が必要になります。
黄熱ワクチンの副作用は通常軽度で、接種者の10~30%で軽度な全身性の有害事象が報告されています。報告された有害事象には、主として微熱、頭痛、筋肉痛などがあり、接種後2~3日で始まり5~10日続きます。接種者の約1%は、これらの副作用のため日常の活動を一時的に減らします。
即時型過敏反応は発疹、蕁麻疹、気管支けいれん、またはそれらが組み合わさったものを特徴とし、まれにしかみられません。黄熱ワクチン接種後のアナフィラキシーが、投与10万例に1.8例の割合で起こることが報告されています。
YEL-ANDはさまざまの臨床的な症候群、例えば髄膜脳炎、ギラン-バレー症候群、急性散在性脳髄膜炎、球麻痺などの集合を意味します。これまでYEL-ANDは、主に乳児にみられる脳炎と考えられてきましたが、最近の報告ではあらゆる年代層でみられるとしています。
記録されている症例では、発症はワクチン接種の3~28日目で、ほとんどすべての症例が初めてのワクチンレシピエントでした。YEL-ANDが命にかかわることはめったにありません。米国のYEL-ANDの発症率は、接種10万例につき0.8例です。60歳以上になると発症率はこれより高くなり、60~69歳で接種10万例に1.6例、70歳以上では接種10万例に2.3例となります。
YEL-AVDは野生株の黄熱に類似した重症疾患で、ワクチンウィルスが複数の臓器で増殖し、多くは多臓器不全を起こし死亡します。YEL-AVDの最初の症例が2001年に公表されて以来、50を超える確定例と疑い例が世界の国々で報告されています。
YEL-AVDは、黄熱ワクチンの追加接種というより初回接種後に起こると思われます。YEL-AVD症例では、発症は平均してワクチン接種の3日目(1~8日目)です。報告されたYEL-AVD例の症例致命率は65%です。米国でのYEL-AVDの発症率はワクチン投与10万例につき0.4例です。発症率は60歳以上になるとこれより高くなり、60~69歳でワクチン投与10万例に1.0例、70歳以上では投与10万例に2.3例になります。
黄熱ワクチンは6ヵ月未満の乳児には使用禁止です。この禁忌は、接種した年少乳児でYEL-ANDの高い発症率が記録されたのを受けて(10万例につき50~400例)、1960年代の終わり頃定められました。乳児で神経毒性が強まる機序は明らかではありませんが、血液脳関門が未熟であること、持続性のウィルス血症が高度であること、免疫システムが未熟であることが考えられます。
卵、卵製品、鶏肉、ゼラチンを含めて、ワクチンの成分に対して過敏症の既往歴がある場合、黄熱ワクチンは禁忌です。ワクチンの容器に使われている栓にも固形ゴムラテックスが含まれていて、アレルギー反応を引き起こすことがあります。
成分の一つに対する過敏症の既往歴がはっきりしない場合に、黄熱感染のリスクが高いためにワクチン接種が必要となれば、ワクチンの添付文書に記載されているように、医療従事者の慎重な管理のもと皮膚試験を行わなければなりません。ワクチンに対する皮膚試験の結果が陽性であったり重度の卵過敏症があってもワクチン接種が推奨される場合は、添付文書に記載されているように、アナフィラキシーの治療経験のある医師が直接監督して脱感作を行うことができます。
胸腺腫や重症筋無力症のような免疫細胞機能の異常に伴う胸腺の障害がある場合には、黄熱ワクチンは使用禁止となります。免疫細胞機能の異常に伴う胸腺の障害がある患者が、黄熱の浸淫地帯への旅行を避けことができない場合、禁忌証明を準備し蚊に刺されたあとの予防措置に関するカウンセリングを重視すべきです。これまでに胸腺の付随的な外科切除術を受けたり遠い過去に二次的に放射線療法を受けたことがある患者では、免疫機能異常や黄熱ワクチン関連の重篤な有害事象の高リスクは認められないため、推奨や必要に応じて黄熱ワクチンの接種は可能です。
CD4 Tリンパ球値が200/mm3未満または6歳未満の小児で総リンパ球の15%未満の患者を含めて、AIDSまたはHIVの他の臨床症状がある患者に対しては、黄熱ワクチンは使用禁止です。この禁忌は、この集団では脳炎のリスクが理論的に高いことに基づくものです(使用上の注意、次の項、のHIV感染者を参照)。
黄熱の浸淫地帯への旅行が避けられない場合に、CD4値に基づく(200/mm3未満または6歳未満の小児で総リンパ球の15%未満)重度の免疫抑制状態または症候性HIV感染症の患者は、禁忌証明を準備し蚊に刺されたあとの予防措置に関するカウンセリングを重視すべきです。上記の基準を満たさない他のHIV感染者については、使用上の注意、次の項、を参照してください。
原発性免疫不全患者、悪性腫瘍患者、移植患者に対しては、黄熱ワクチンは使用禁止となります。こうした患者での黄熱ワクチン投与に関するデータはありませんが、黄熱ワクチン関連の重篤な有害事象のリスクは高いと考えられます(免疫不全がある旅行者、第8章の項、を参照 )。
黄熱の浸淫地帯への旅行が避けられない免疫不全の患者は、禁忌証明を準備し蚊に刺されたあとの予防措置についてのカウンセリングを重視すべきです。
最近受けている放射線療法や薬によって免疫応答が抑制されているか調節されている患者に対しては、黄熱ワクチンは使用禁止です。免疫抑制または免疫調節の特性が確認されている薬には、高用量の全身性コルチコステロイド、アルキル化薬、代謝拮抗薬、腫瘍壊死因子アルファ抑制薬(例えばエタネルセプト)、インターロイキン-1遮断薬(例えばアナキンラ)、ほかに免疫細胞標的のモノクローナル抗体(例えばリツキシマブ、アレムツズマブ)などがありますが、これだけではありません。
免疫抑制療法や免疫調節療法を受けている患者での黄熱ワクチン投与に関する具体的なデータはありません。しかし、これらの患者では黄熱ワクチン関連の重篤な有害事象のリスクは高いと考えられ、こうした療法の多くはその添付文書で弱毒生ワクチンの使用は禁止しています(免疫不全がある旅行者、第8章の項、を参照 )。
免疫機能が回復するまでこれらの療法を中止している患者に対しては、生ワクチンの投与は延ばすべきです。免疫抑制療法や免疫調節療法を受けていて、黄熱の浸淫地帯への旅行が避けられない場合は、禁忌証明を準備し蚊に刺されたあとの予防措置についてのカウンセリングを重視すべきです。
免疫状態の異常がある患者の家族は、自身にいずれの禁忌対象疾患がなければ、黄熱ワクチン接種は可能です。
6~8ヵ月の乳児には、黄熱ワクチンの投与は慎重に行います。2例のYEL-AND症例が6~8ヵ月の乳児で報告されています。6ヵ月未満の乳児では、YEL-ANDの発症率は有意に上昇します(10万例につき50~400例)。9ヵ月までには、YEL-ANDのリスクは相当低下すると思われます。ACIPは通例、黄熱の浸淫国に旅行することはそれがいつであれ、6~8ヵ月の乳児に対しては延期するか避けることを勧告しています。旅行がやむを得ない場合、こうした乳児にワクチンを接種するかどうかの決定には、YFV感染のリスクと接種後の有害事象のリスクを比較検討することが必要です。
60歳以上、特に初回投与の場合には黄熱ワクチンの投与は慎重に行います。2000年から2006年までにワクチン有害事象報告システム(Vaccine Adverse Event Reporting System (VAERS))に記録された有害事象の最近の解析では、60歳以上の高齢者は若い接種者に比べ、接種後の重篤な有害事象のリスクが高いことが認められています。60歳以上の高齢者の重篤な有害事象の割合は、すべての接種者を対象にした10万例につき4.7例に比べ投与10万例に8.3例でした。YEL-ANDとYEL-AVDのリスクも60歳以上では高く、投与10万例につきそれぞれ1.8例と1.4例ですが、すべての接種者を対象にした場合10万例につきそれぞれ0.8例と0.4例です。YEL-ANDとYEL-AVDはほぼ例外なく初回投与の接種者にみられることを考えると、高齢の旅行者は黄熱ワクチンの接種は初めてのことが多いため一層の注意が必要になります。旅行が避けられない場合は、60歳以上の旅行者に接種するかどうかを決めるには、目的地別のYFV感染リスクに照らしてワクチン接種のリスクとメリットを比較検討することが必要です。
CD4 Tリンパ球値が200~499 mm3か6歳未満の小児で総リンパ球の15~24%である無症候性HIV感染症の患者には、黄熱ワクチンの投与は慎重に行います(禁忌、上記の項、の中のHIV感染症も参照)。この集団での黄熱ワクチンの安全性と有効性を適切に評価したプロスペクティブな大規模無作為化試験はこれまで行われていません。約450名のHIV感染者を含めたいくつかのレトロスペクティブやプロスペクティブな試験では、CD4値に基づく中等度の免疫抑制と考えられる患者の中で重篤な有害事象は報告されていません。しかしHIV感染者では、黄熱ワクチンを含むいくつかの不活化ワクチンや弱毒生ワクチンに対する免疫応答の低下が認められています。HIV感染者の免疫応答が低下する機序は明らかではありませんが、HIVのRNA濃度やCD4 T細胞値と相関していると思われます。
無症候性HIV感染者へのワクチン接種の効果は非感染者に比べて低いこともあるため、旅行前にはワクチン接種に対する無症候性HIV感染者の中和抗体応答を測定しなければなりません。血清検査をさらに検討するには、しかるべき州の保健局やCDC Arboviral Diseases Branch (970-221-6400)に連絡してください。
黄熱浸淫地帯を旅行中の中等度の免疫抑制がみられる無症候性HIV感染者には(CD4 Tリンパ球値200~499/mm3か6歳未満の小児で総リンパ球の15~24%)、ワクチン接種が考慮されます。接種後は慎重に観察を行い有害事象の症状・徴候に注意します。有害事象が認められば、州の保健局やCDC届け出なければなりません。
黄熱感染のリスクではなくて海外旅行の必要条件ということが、HIV感染者にワクチンを接種する唯一の理由であれば、感染者は予防接種の免除を受け、禁忌証明を発行してもらい保健条例を守らなければなりません。無症候性HIV感染者にCD4値に基づく免疫抑制の症状・徴候が認められないならば(CD4 Tリンパ球が500 mm3以上か6歳未満の小児では総リンパ球の25%以上)、推奨に応じて黄熱ワクチンを投与することができます。
妊婦への黄熱ワクチンの投与は慎重に行います。妊娠期間中の黄熱ワクチン投与に関する安全性は、プロスペクティブな大規模試験で検討されていません。しかし、妊娠初期に黄熱ワクチンを投与した女性についての最近の研究では、乳児に重大な奇形は確認されていません。リスクがわずかに高かったのは、乳児での主に皮膚の軽微な奇形でした。ワクチンの投与を受けた妊婦で自然流産の割合が高いことが報告されましたが立証はされていません。妊娠期間中にワクチンを接種した女性で黄熱の特異的IgG抗体が認められた割合は、研究によって39%または98%と一定ではなく、ワクチンを接種した妊娠週数と相関している思われます。妊娠は免疫学的機能に影響するため、ワクチンに対する防御免疫反応を立証する血清検査が考慮されることもあります。
妊婦の旅行が不可避でありさらにワクチン接種によるリスクがYFV感染リスクを上回ると思われるならば、妊婦は予防接種の免除を受け、禁忌証明を発行してもらい保健条例を守らなければなりません。YFV感染の可能性がある地域に旅行しなければならない妊婦は、ワクチン接種は必要と思われます。明確なデータはありませんが、女性は黄熱ワクチン接種後4週間してから旅行を計画すべきだとACIPは勧告しています。
授乳婦への黄熱ワクチンの投与は慎重に行います。2例のYEL-AND症例が、黄熱ワクチンを接種した母親の母乳だけで育った乳児で報告されています。2例とも感染時の月齢は1ヵ月未満でした。さらなる研究を行い、授乳で起こりえるワクチンウィルス感染のリスクを立証することが必要です。より多くの情報が得られるまで、黄熱ワクチンは授乳婦には避けるべきです。しかし、授乳期間中の母親が黄熱の浸淫地域に旅行しなければならなかったり旅行を延期できない場合は、ワクチンは接種すべきです。
さまざまな程度の免疫の異常が原因となる慢性疾患には、慢性腎疾患、慢性肝疾患(C型肝炎)、糖尿病などがありますが、これだけではありません。こうした疾患患者に黄熱ワクチンを投与した場合の起こりえる有害事象の増加やワクチンの有効性の低下については、情報は得られていません。したがって、このような患者にワクチンの投与を考慮するならば、注意を払うことが必要です。患者の全身の免疫力レベルを評価する際の考慮すべきファクターには、重症度、疾患の期間、臨床的安定性、合併症、共存疾患などがあります。
黄熱ワクチンと他の免疫生物学的製剤を同時に投与するかどうかは(同じ日に異なる注射部位に投与する)、旅行に必要なワクチン接種を旅行前に終わらせようとする旅行する人にとっての事情と起こりうる免疫干渉に関する情報を基に決めなければなりません。黄熱ワクチンに対する免疫応答に不活化ワクチンが干渉することは証明されていません。したがって、不活化ワクチンは黄熱ワクチンと同時に投与することもまたは黄熱ワクチンの前後に投与することもできます。ACIPでは、黄熱ワクチンは他の生ワクチンとの同時投与を勧めています。同時投与でなければ、30日の間隔をあけて投与しなければなりません。これは、生ワクチンを別の生ワクチン投与の30日以内に投与すると後の生ワクチンに対する免疫応答が低下するためです。投与経路が異なるため、経口Ty21a腸チフスワクチンは黄熱ワクチンと同時投与したり黄熱ワクチンの前後に間隔を問わず投与することが出来ます。
表3-23 黄熱ワクチンの禁忌と使用上の注意
禁忌
ワクチンの成分に対してアレルギーがある
6ヵ月未満の乳児
症候性HIV感染症またはCD4 Tリンパ球<200/mm3(または6歳未満の小児で総リンパ球の15%未満)の患者1
免疫細胞機能の異常に伴う胸腺の障害がある患者
原発性免疫不全の患者
悪性腫瘍患者
移植患者
免疫抑制療法と免疫調節療法の患者
使用上の注意
月齢6~8ヵ月の乳児への投与
60歳以上の高齢者への投与
無症候性HIV感染症またはCD4 Tリンパ球200~499/mm3(または6歳未満の小児で総リンパ球の15~24%)の患者1への投与
妊婦への投与
授乳婦への投与
1 HIV感染症の症状は 1)成人と若年者のカテゴリーに分類される、表 1 CDC,1993 Revised classification system for HIV infection and expanded surveillance case definition for AIDS among adolescents and adults. MMWR Recomm Rep 1992 Dec 18: 41(RR-17) : www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/00018871.htm (http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/00018871.htm) 2) Panel on Antiretroviral Therapy and Medical Management of HIV-Infected Childrenにおいて分類されている Guidelines for the use of antiretroviral agents in pediatric HIV infection. 2010. http://aidsinfo.nih.gov/ContentFiles/PediatricGuidelines.pdf (http://aidsinfo.nih.gov/ContentFiles/Pediatricuidelines.pdf) (http://www.cdc.gov/Other/disclaimer.html) (PDF). p. 20-2.
国際保健規則 (IHR)では、YFVが持ち込まれたり現地でのYFV感染を防ぐため、特定の国から到着(通過中であっても)する旅行者の入国の条件として、黄熱ワクチン接種の証明を国が求めることを許可しています。米国からの直接の旅行者も含めて入国する旅行者すべてにワクチン接種の証明を求める国もあります(表 3-24 )。黄熱ワクチン接種を入国必要条件とする国に黄熱ワクチン接種証明を持たずに到着すると、旅行者は最高6日間隔離される、入国を拒否される、またはその場でワクチンを接種されます。黄熱ワクチンの禁忌となる旅行者で、ワクチン接種が必要な国への旅行が避けられない旅行者は、旅行前に医師に禁忌証明を発行してもらうよう頼まなければなりません(禁忌証明の項を参照)。
2007年12月15日発効の改訂IHR(2005年)を受けて、締約国はすべて新しいICVPを発行することが必要です。これは、前の黄熱ワクチン国際証明書 (ICV)を切り替えることを目的としたものです。2007年12月15日後に黄熱ワクチンを接種した人は、新しいICVPにワクチン接種証明を記載しなければなりません。2007年12月15日より前にワクチンを接種した場合、元のICVカードはその接種から10年以上経過していなければ依然有効です。ワクチン接種を受けた人が受け取るICVPは、完全に記入され(図 3-01 )、ワクチンを投与したセンターの印が押され署名された有効なものでなければなりません(下記参照)。ICVPはあらゆる細部までそのすべての項目に記入されていなければなりません。記入が不完全であったり正確でなければ無効になります。ICVPが有効でなければ、旅行者は隔離される、入国を拒否される、場合によっては入国地点で再接種されることがあります。入国地点での再接種は、旅行者にとって好ましいオプションではありません。
クリニックは、米国政府印刷局からICVP(CDC731(以前はPHS731))を購入します (http://bookstore.gpo.gov/(http://bookstore.gpo.gov/) (http://www.cdc.gov/Other/disclaimer.html) 866-512-1800)。25部のストック番号は017-001-00567-3、100部のストック番号は017-001-00566-5です。このワクチン接種証明書は、接種日の10日目から10年間有効です。その10年の間にワクチンの追加投与が行われた場合、証明書の有効開始日は再接種の日と考えます。
ICVPに署名するのは医療者でなければならず、免許を受けた内科医または免許を受けた内科医が指定する医療従事者が担当し、ワクチンの投与を管理します(図 3-01 )。署名判は認められません。黄熱ワクチンの接種は、公式の“規準印”を持つ認定センターで行われなければならず、この公印はICVPを有効とするのに使うことができます。
州の保健局は、非連邦病院の黄熱ワクチン接種センターを指定し、臨床家に規準印を支給する責任があります。黄熱ワクチン接種センターの場所と接種時間に関する情報は、CDCのウェブサイトから得ることができます 。
ある年齢未満の乳児についてはICVPは必要ないとする国もあります(6ヵ月未満、9ヵ月未満、1歳未満と国によって異なる)。国別のワクチン接種年齢の条件は、この章の項、国別の黄熱とマラリア情報にあります。禁忌証明を出すことを決めた医師は、医学上の禁忌事項についてICVP中の項目 Medical Contraindications to Vaccinationに記入し署名しなければなりません(図 3-02 )。
さらに以下のことも行わなければなりません:
・レターヘッドのある医師自身の便箋に署名と日付を記入した免除証明を旅行者に渡しますが、これにはワクチン接種に対する禁忌事項を明確に記載し、さらにICVPを有効にするために黄熱ワクチン接種センターが使った判を押します。
・ワクチンを接種しないことで黄熱感染のリスクは高くなり、このリスクを最小限に抑える方法は蚊に刺されないことだと旅行者に知らせます。
医学上の禁忌事項以外は、ワクチン接種免除の理由として認められません。旅行者には、禁忌証明が発行されても目的国がそれを承認するかどうかは保証されていないことを通知しなければなりません。到着時に旅行者は、隔離、入国拒否、または現地でのワクチン接種に直面することもあります。目的国が禁忌証明を承認する可能性を高めるため、旅行前に以下の追加策を取ることを臨床家が旅行者に提案することもよくあります:
・目的国の大使館や領事館から、具体的で信頼できる助言を得る。
・大使館や領事館に禁忌証明の要件を記した書類を求め、ICVPの中の記入済みのMedical Contraindication to Vaccinationと一緒にそれらを保有する。
表 3-24 到着する旅行者すべてから黄熱ワクチン接種証明を求める国1
アンゴラ ベニン ブルキナファソ ブルンジ カメルーン コンゴ中央アフリカ共和国 コートジボワール共和国 コンゴ民主共和国 仏領ギアナ ガボン ガーナ ギニアビサウ リベリア マリ ニジェール ルワンダ サントメプリンシペ シエラレオネ トーゴ
1黄熱ワクチン接種に関する国の要件は常に変わることがある。したがって、CDCは旅行者に対し、出発前に目的国の大使館や領事館に確認することを勧めている。
図 3-01国際予防接種証明書 (ICVP)例
拡大図
(1) 氏名は、患者のパスポートにある氏名を正確に記入されなければならない。
(2, 5, 7) 日付はすべて、日は数字で、続いて月は文字で、その後に年をもって記入されなければならない。例えば上記の例では、患者の生年月日は22 March 1960である。
(3) この記入欄に患者の署名を入れる。
(4) 黄熱ワクチン接種に関しては、両欄に黄熱と記入する。ICVPを他の疾患・病態の義務付けられているワクチン接種または予防薬に使用するならば(国際保健規則の改正またはWHOの勧告により)、その疾患・病態名はこの欄に記入されなければならない。他のワクチン接種は裏面に記入しなければならない。
(5) ワクチンの接種日は上に示したように記入されなければならない。
(6) ワクチン(または予防薬)を投与するまたは投与を監督する臨床家(判保持者か判保持者が許可する別の医療提供者)の手書きの署名は、この囲み欄に記入されなければならない。署名判は認められない。
(7) 黄熱ワクチン接種の証明書は、初回接種日の10日目から10年間有効である。ICVPに記される有効なワクチン接種の終了日は、ワクチンが有効となった暦日より1暦日前である。例えば、2012年6月15日に行われたワクチン接種は、2012年6月25日に有効となり、2022年6月24日に失効する。再接種の場合は、前回の黄熱ワクチン接種がその前10年以内に行われたことがICVPに明示されていれば黄熱ワクチン接種は直ちに有効となる。
(8) ワクチン接種センターの規準印をこの囲み欄に押す。
図 3-02ワクチン接種の医学上の禁忌事項、国際予防接種証明書 (ICVP)の項
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入国必要条件対勧告
黄熱ワクチン接種証明に関するIHRの認める入国必要条件は、CDCの勧告と異なります。黄熱ワクチンに関する入国必要条件は、YFVの移入・感染を防ぐため国が定め、IHRに基づいて許可されます。禁忌証明が発行されていなければ、旅行者は入国するためにはその条件に従わなければなりません。一部の国ではあらゆる国から到着する旅行者にワクチン接種を求めていますが、「黄熱感染のリスクがある国」から来る旅行者にしかワクチン接種を求めない国もあります(国別の黄熱とマラリア情報、この章の項、 を参照)。WHOは「黄熱感染のリスクがある」地域を、黄熱が現在またはこれまでに報告されている国や地域で、媒介動物や動物の保有宿主がいる国や地域と定義しています。入国必要条件はいつでも変わることがあります。そのためCDCは、旅行者に対して出発前にしかるべき大使館や領事館に確認することを勧めています。
黄熱ワクチンの推奨に関する項にある情報は、旅行者における黄熱感染を防ぐためCDCが出した勧告です。勧告は、疾患の状況が変わればいつでも変わることがあります。したがって、CDCは旅行者に対し、出発前に目的地のページで最新のワクチン情報をチェックしたりCDCのウェブサイト上の関連する旅行情報をチェックすることを勧めています (www.cdc.gov/travel(http://www.cdc.gov/travel))。
最近行われた黄熱感染のリスク分類とCDCのワクチン推奨の改変
CDCやWHOなどの黄熱に関する専門機関は、最近、入手データの包括的な見直しを終え、YFV感染のリスクを示す基準と世界地図を改正しました。新しい基準では、地理上のすべての地域におけるYFV感染のリスクを、地域性流行、一時的流行、感染の可能性は低い、リスクはないの4つのカテゴリーに分けています。
黄熱ワクチンの接種は、黄熱の浸淫地帯や一時的流行の地域に旅行する場合に推奨されています。感染の可能性は低い地域に旅行する場合、ワクチン接種は通常は推奨されていませんが、旅行プランによって一部の旅行者はYFV感染の高リスクにさらされることがあり(例えば長期旅行、蚊の多発、蚊に刺されることが避けられないなど)、そうした旅行者に対してはワクチン接種が考慮されます。
黄熱感染のリスクを分類した改正基準に基づき、最新の地図(地図 3-18および3-19)と各国ごとの情報( 黄熱とマラリアの国別情報、この章の後半、を参照 )では、黄熱ワクチンの推奨は、推奨する、通常は推奨しない、推奨しないの3段階で示されています。注:改正された黄熱Map 3-18と3-19は、黄熱感染のリスクというよりワクチン接種の推奨を今は表しています。
すべての地域でYFV感染の可能性は低いという国は(表3-22 )、WHOが示すYFV感染のリスクがある国の公式リストには含まれていません(表 3-21)。したがって、YFV感染の可能性は低い国からワクチン接種が入国必要条件である国に旅行する場合は、黄熱ワクチン接種証明は必要ありません(ただし到着するすべての旅行者に黄熱ワクチン接種証明を求める国は除きます。表 3-24参照)。
地図 3-18黄熱ワクチンが推奨されるアフリカの地域、2010年
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*黄熱(YF)ウィルス感染の可能性は低い地域では、YFワクチン接種は通常は推奨されない。しかし、感染の可能性は低い地域への旅行であっても、長期旅行、蚊の多発、蚊に刺されることが避けられないなどのためにYFウィルスに感染するおそれが高い一部旅行者に対してはワクチン接種が考慮される。旅行者にワクチン接種を考慮する際には、YFウィルスに感染する旅行者のリスク、入国必要条件、ワクチン関連の重篤な有害事象に対する個々のリスクファクター(例えば年齢、免疫状態など)を考慮しなければならない。
地図 3-19黄熱ワクチンが推奨されるアメリカの地域、2010年
*最新情報:ブラジルでの最も最新の黄熱ワクチン推奨については、“In the News: Yellow Fever in Brazil”を参照。
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*黄熱(YF)ウィルス感染の可能性は低い地域では、YFワクチン接種は通常は推奨されな
い。しかし、感染の可能性は低い地域への旅行であっても、長期旅行、蚊の多発、蚊に刺されることが避けられないなどのためにYFウィルスに感染するおそれが高い一部旅行者に対してはワクチン接種が考慮される。旅行者にワクチン接種を考慮する際には、YFウィルスに感染する旅行者のリスク、入国必要条件、ワクチン関連の重篤な有害事象に対する個々のリスクファクター(例えば年齢、免疫状態など)を考慮しなければならない。
軍の要請は、この公開情報で指摘されている事項に勝ることがあります。このため、軍の命令で旅行する計画のある人は(民間人も軍関係者も)、最寄りの軍の医療施設と連絡を取り、その要請を判断して旅行することが必要です。