Philip LoBue
ヒト結核菌は、桿状の非運動性の抗酸菌です。
結核(TB)の伝染は、患者が咳をした時に空中に菌を飛散させて起こります。牛結核(ヒト型に極めて近いウシ結核菌により引き起こされます)は、汚染された低温殺菌処理していない感染したウシの乳製品を食べることにより伝染します。
世界で毎年900万件を超える結核の新規発症例と、200万件近い結核による死亡例が発生しています。結核は世界全域で発生していますが、その発症率はさまざまです(マップ3-15参照)。米国では年間発症率は10万人当たりおよそ4人ですが、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国およびアジア諸国の一部では年間発症率は10万人当たり数百人です。
薬剤耐性結核に対する懸念が増大しています。多剤耐性(MDR)結核は2つの最も有効な薬剤、イソニアジドとリファンピシンに耐性があります。広範囲薬剤耐性(XDR)結核はイソニアジドとリファンピシン、フルオロキノロン類はどれも、そして3つの注射用第2選択薬(アミカシン、カナマイシン、またはカプレオマイシン)のうち少なくとも1つに耐性があります。多剤耐性結核は薬剤に感受性のある結核より頻度は低いのですが、多剤耐性結核の新規症例が毎年500,000件近く診断され、国によっては多剤耐性結核の割合が20%にのぼっています(マップ3-16参照)。HIV感染者もしくはその他の免疫が低下している人における多剤耐性結核や広範囲薬剤耐性結核は特に懸念されています。2010年初めには、広範囲薬剤耐性結核は58か国で報告されています(マップ3-17)。
結核に長期間の暴露が予想される旅行者(病院、刑務所、ホームレス施設を訪れる人など)または罹患者の多い国に何年も滞在する人は、2段階ツベルクリン反応検査(TST)、あるいはクオンティフェロン-TB (QuantiFERON-TB(QFT))テスト(Gold もしくはGold In-Tube)もしくはT-SPOT.TBテストのいずれかのシングルインターフェロン-γ遊離試験(IGRA)を米国出発前に受けるべきです(第3章 旅行者のツベルクリン皮膚検査に関する見解を参照)。出発前の検査結果が陰性であれば、帰国してから8~10週間後にツベルクリン反応1回法検査またはインターフェロン-γ遊離試験を再度受けるべきです。HIV感染者またはその他の免疫が低下している人は、さらに検査に対する感受性が低下する可能性が高いので、そのような状態にある旅行者はかかりつけの医師にその旨伝えるべきです。すでに感染した旅行者は、免疫に障害のある旅行者を除き、再度感染することはないでしょう。
航空機内の結核感染のリスクは、他の閉ざされた空間に比べて高くはないようです。航空機内の結核感染を防ぐため、感染性のある結核の人は民間航空機またはその他の民間輸送機関で旅行すべきではありません。世界保健機構(WHO)は航空機内で結核に暴露された可能性があることを乗客に知らせるためのガイドラインを発表しています。結核に暴露したのではないかと心配している乗客はプライマリーケアの医師を受診して診察をしてもらうべきです。
牛結核(M. bovis)は、ウシに牛結核が蔓延している国で旅行者が低温殺菌されていない乳製品を摂取すると感染するリスクがあります。メキシコは米国の旅行者がよく感染する所です。
WHOのデータ。グローバルな結核対策:2010年WHO報告書。
地図3-16. 新規結核症例中の多剤耐性結核(MDR)の割合, 2009年
WHOの世界結核データベースからのデータ。
www.who.int/tb/country/data/download/en/index.htmlに掲載。
地図3-17. 2010年現在、広範囲薬剤耐性(XDR)結核が少なくとも1例報告されている国および地域の分布
WHOの世界結核データベースからのデータ。
www.who.int/tb/country/data/download/en/index.htmlに掲載。
結核はどの臓器も侵しますが、肺に感染するのが最も一般的です(70%~80%)。一般的な結核の症状には長期間の咳、発熱、食欲不振、体重減少、寝汗、喀血などがあります。肺外疾患で最もよく起こるのがリンパ節炎、心膜炎、骨関節疾患、髄膜炎、泌尿生殖器疾患などです。
結核感染はツベルクリン反応検査またはインターフェロン-γ遊離試験の検査結果が陽性になることで明らかになります。通常暴露してから8~10週間後に陽性になります。しかし、感染から発病へと進行する人は全体の5%~10%に過ぎません。ほとんどの人たちは感染が潜伏状態(潜在性結核感染LTBI)になります。しかし、免疫抑制状態の人は発症リスクは高くなります(HIV感染者で抗レトロウイルス療法を受けていない人では年間8%~10%)。最近では関節リウマチおよびその他の慢性炎症を治療するために腫瘍壊死因子α阻害薬を投与されている人でも、結核の発症リスク増大が認められています。潜在性結核感染は無症状で、潜在性結核感染の人は結核を伝播しません。発病への進行は初感染から数週間~数年後に起こりえます。
結核の診断は、肺結核では喀痰あるいはその他の呼吸器から採取した検体、肺外結核では他の侵された体組織または体液から採取した検体を培養して結核菌(M. tuberculosis)を同定します。結核菌は培養して同定されるまで、迅速培養技術を使用しても平均で約2週間かかります。結核の初期的診断は、喀痰塗抹検査あるいは他の体組織もしくは体液に抗酸菌が認められる場合に下せます。しかし、顕微鏡検査では結核菌と非結核性抗酸菌の区別はできません。このことは発生率が低い米国のような国では特に問題となります。核酸増幅検査は培養より迅速な、結核菌に特異的な検査です。また抗酸菌塗抹検査より感度は高いものの、培養より感度は低下します。細菌学検査による確認ができない環境では結核の診断は臨床的基準を用いて下すことができます。潜在性結核感染はツベルクリン反応検査もしくはインターフェロン-γ遊離試験が陽性であれば診断されます。
潜在性結核感染の人は結核発症への進行を防ぐための治療を受けることができます。潜在性結核感染治療のための米国胸部学会(ATS)とCDCのガイドラインは、好ましい治療法としてイソニアジドの9か月の投与を推奨しており、リファンピシンの4か月の投与は妥当な代替療法であると提案しています。結核に暴露されたかもしれないと思う旅行者は、医師に暴露の可能性を伝えて検査を受けるべきです。CDCとATSは潜在性結核感染を標的にした検査や治療に関するガイドラインを発表しています。WHOの最近のデータは薬剤耐性が世界の一部でかなりまん延していることを示しています。国際的な旅行によってツベルクリン反応検査もしくはインターフェロン-γ遊離試験が陽転した人は感染症専門医に相談すべきです。
結核の治療は、多剤耐性結核でなければ6~9か月間の多剤療法で治療します(通常はイソニアジド、リファンピシン、エタンブトール、ピラジナミドを2か月、続いてイソニアジドとリファンピシンを4か月)。多剤耐性結核の治療はより困難で、4~6つの薬剤を18~24か月投与する必要があり、多剤耐性結核の専門家の治療を受けるべきです。ATSとCDCと米国感染症学会は、結核の治療に関するガイドラインを発表しています。
旅行者は密集する環境(病院、刑務所、ホームレスの施設.)での明らかな結核患者への暴露を避けるべきです。結核患者に出会う可能性が高い病院または医療現場で働く予定の旅行者は、感染対策の専門家または労働衛生の専門家に相談して個人用の呼吸用保護具(例えばN-95レスピレータ)を入手する方法やレスピレータの選択の仕方やトレーニングに関して指導してもらうべきです。
WHOの推奨に基づき、ほとんどの発展途上国では乳児や小児における重症の発症を抑えるために、Bacillus Calmette-Guérin (BCG)ワクチンが誕生の時に1回投与されます。しかし、BCGワクチンの成人型の結核の予防に対する有効性にばらつきがあり、ツベルクリン反応検査による潜在性結核感染の検査の妨げになります。したがって米国ではBCGを日常的に使用することは推奨されていません。最近、米国の推奨する結核感染対策が完全に実施されていない状況の中で多剤耐性または広範囲多剤耐性の結核患者に暴露される可能性のある人に対し、BCGのワクチン接種を提唱する専門家もいます。そうした状況の中ではBCGはいくらか予防効果がありますが、しかしBCGの接種を受ける人は結核感染対策で推奨されるすべての注意事項に可能な限り従わなければなりません。さらにBCGの接種を受けた人では旅行前と旅行後に受ける検査はツベルクリン反応検査よりインターフェロン-γ遊離試験の方が好ましいでしょう。
ウシ結核菌による感染を防ぐには、旅行者は低温殺菌されていない乳製品を食べたり飲んだりすることを避けるべきです。