日本旅行医学会

腸チフス

腸チフス・パラチフス

Achuyt Bhattarai, Eric Mintz

病原体

腸チフスはチフス菌Salmonella enterica serotype Typhiによって起こる生命にかかわる急性熱性疾患です。パラチフスは腸チフスに似た疾患で、S. Paratyphi A, B, またはCによって起こります。

感染経路

これらの菌の感染源はヒトに限られていて、動物など環境中の生物が宿主になることは確認されていません。腸チフス・パラチフスは、ほとんどの場合極期や回復期の患者または無症状保菌者の糞便で汚染された水や食物を摂取することで起こります。男性と性交渉を持つ男性の間での性的接触による感染は、ほとんど報告されていません。

発生地域

1年間に、推定で2,200万例の腸チフス症例と20万例の死亡例が世界で起こっています。その上、1年あたり600万例のパラチフス症例が発生していると推定されます。米国では、1年間に腸チフスが約300例パラチフスは150例の症例が報告されていて、そのほとんどは海外旅行者の症例です。腸チフスは南アジアへの旅行者でのリスクが最も高く、他の目的地への旅行者すべてでのリスクの6~30倍です。リスクがある地域には、東および東南アジア、アフリカ、カリブ海諸島、中南米などがあります。パラチフスのリスクも、南および東南アジアへの旅行者の中でしだいに高くなっています。

南アジアへの旅行者では、ナリジクス酸耐性や多剤耐性(アンピシリン、クロラムフェニコール、トリメトプリム・スルファメトキサゾール配合剤耐性)の腸チフス・パラチフス菌によるリスクが最も高くなっています。友人・親族訪問旅客(VFR)でのリスクも高くなります(第8章 Immigrants Returning Home to Visit Friends and Relatives参照)。腸チフスやパラチフスに感染するリスクは滞在期間とともに増加しますが、腸チフス菌の浸淫国では滞在が1週間未満であっても旅行者の腸チフス感染がみられます。

臨床症状

腸チフスとパラチフスの潜伏期間は6~30日です。潜行性に発症し、疲労感が徐々に強くなり体温は日々上昇して微熱から第3~4病日までに38~40℃にもなります。頭痛、倦怠感、食欲不振がほぼ全患者にみられます。肝脾腫が検出されることがよくあります。一過性のバラ疹が体幹にみられることがあります。一般に、体温は午前中最も低く、夕方前や夜に最高になります。治療を受けないと、臨床症状が1ヵ月続くことがあります。通常、腸チフスの重篤な合併症が発症の2~3週間後に起こり、主な合併症の腸出血や腸穿孔では命にかかわることがあります、

診断

腸チフスやパラチフスに感染すると敗血症が起こりますが、症状は非常に軽度です。1回の血液培養検査の感度は50%に過ぎません。便培養検査の感度は急性期の間は低下します。骨髄液の培養検査の感度は約80%にまで上昇しています。

ウィダール試験は、サルモネラ菌のO、H抗原に対するIgMやIgG抗体を検出するための血清学的診断法ですが、今では古い方法となっています。しかし発展途上国では、信頼度の低いこの診断法が低費用であるために広く使われています。最新の血清学的診断法は、ウィダール試験より感度と特異度はいくぶん高いものの、あまり利用されていません。

腸チフスやパラチフスに関する決定的な血清学的診断法はないため、臨床診断に頼らざるを得ないことがしばしばあります。感染に関する過去のリスクと数日間にわたって段階的に体温が上昇する重症度の組合せがみられれば、腸チフスやパラチフスを疑います。

治療

特定の抗菌療法によって腸チフスの臨床経過が短縮し、死亡のリスクが低下します。世界のほとんどで行われている経験的治療では、フルオロキノロン系の抗生物質(ほとんどの場合シプロフロキサシン)が使われます。しかし、インド亜大陸ではフルオロキノロン系抗生物質に対する耐性が最も高く、他の地域でも次第に高くなっています。フルオロキノロン系抗生物質に対する耐性の可能性が高い場合には、第三世代セファロスポリン系注射剤がしばしば経験的治療での第一選択薬となります。

適切な抗生物質で治療されても完全に熱が下がるまでさらに3~5日かかりますが、日がたつにつれ徐々に解熱します。熱の下がり始めは実際にはさらに気分が悪くなります。5日以内に熱が下がらなければ、別の抗菌薬に変えるなど菌の薬剤感受性を調べることも考慮すべきです。

旅行者に対する予防措置

ワクチン

ワクチン接種の適応

  1. Typhi菌に感染するリスクが高い地域への旅行者には、CDCは腸チフスワクチンの接種を推奨しています。腸チフスワクチンには、S. Pratyphi菌感染の予防効果はありません。腸チフス・パラチフスのワクチンは、接種者の50~80%で予防効果がみられます。しかし、100%の予防効果はなく接種後も腸チフスが起こることがあることを、旅行者は忘れてはなりません。米国では2種類の腸チフスワクチンが使用可能で、それらを以下に示します。

・経口弱毒化生ワクチン(S. Typhi菌Ty21a株を使用したワクチンVivotif、Crucell/Bernaで開発)

・Vi莢膜多糖体ワクチン(ViCPS)(Typhim Vi、Sanofi Pasteurが製造)、筋注

ワクチン接種

表 3-20はワクチンの用法、接種および再接種に関する情報を示しています。2種類のワクチンでは基礎免疫ワクチンの接種回数が異なり、対象年齢も異なります。

経口Ty21aワクチンを使った基礎免疫ワクチンは、4カプセルを1回1カプセル1日おきに服用します。カプセルは冷凍しないで冷蔵保存し、最大の効果を発揮するよう4カプセルすべてを服用しなければなりません。どのカプセルも食事の約1時間前に常温の水または冷水で服用します。この接種スケジュールは、予想される感染の1週間前に終了していなければなりません。このワクチンのメーカーは、6歳未満の乳幼児には接種しないよう勧告しています。

ViCPSを使った基礎免疫ワクチンは、0.5 mL (25 mg)の用量を1回筋肉内接種します。このワクチンは、予想される感染の2週間以上前に1回接種しなければなりません。メーカーは2歳未満の乳幼児にはこのワクチンは推奨していません。

ワクチンの安全性と副作用

Ty21aワクチンの副作用はまれに起こり、主に腹部不快感、悪心、嘔吐、発疹が現れます。ViCPSワクチンでは、接種に伴って頭痛(16~20%)と注射部位の反応(7%)が最もよく起こります。妊娠時のこれらのワクチンの安全性に関するデータは得られていません。しかし、妊婦へのワクチン接種を避けることは、理論的には間違っていません。Ty21a弱毒化生ワクチンは、HIV感染者も含め免疫不全状態の旅行者に接種してはいけません。一方筋注ワクチンは、理論上はこの集団にとってTy21aワクチンより安全な選択肢となっています。ViCPSワクチンを接種してはならないのは、過去の接種後に起こった重度の局所反応や全身性反応の既往歴がある場合だけです。使用が許可されているこれらのワクチンは、どちらも急性熱性疾患患者には接種してはいけません。

使用上の注意と禁忌

Ty21a弱毒化生ワクチンでは、抗菌薬(抗マラリア剤を含む)、ウイルス性ワクチン、または免疫グロブリンを同時に投与した場合、ワクチンの免疫原性について理論上の懸念が生じています。イン・ビトロでは、さまざまな抗菌剤による生菌Ty21a株の増殖の抑制がみられます。Ty21aワクチンの接種は、抗菌剤投与後72時間間隔をあけて行うべきです。入手されているデータでは、経口ポリオワクチンや黄熱ワクチンを同時に接種してもTy21aワクチンの免疫原性は低下しないことが示されています。腸チフスワクチンを接種する必要がある場合に、ウイルス性ワクチンの接種を理由に接種を遅らせるべきではありません。Ty21aワクチンと免疫グロブリンを同時に接種しても、問題は起こらないと思われます。

表 3-20 腸チフスワクチン接種の用法とスケジュール

ワクチン接種 対象年齢(年) 用量/接種方法 接種回数 接種間隔 追加免疫の間隔

Ty21a弱毒化経口生ワクチン(Vivotif)1

基礎免疫 ≽6 1カプセル2,経口 4 48時間 該当なし

追加免疫 ≽6 1カプセル2,経口 4 48時間 5年ごと

Vi莢膜多糖体ワクチン(Typhim Vi)

基礎免疫 ≽2 0.50 mL,筋注 1 該当なし 該当なし

追加免疫 ≽2 0.50 mL,筋注 1 該当なし 2年ごと

1冷蔵庫で保存(2-8℃)

2常温の水または冷水で服用

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