Ryan T. Novak, Cynthia G. Thomas
破傷風の病原菌である破傷風菌Clostridium tetaniは、芽胞を形成する嫌気性グラム陽性菌です。破傷風は、汚染された創傷部で破傷風菌が栄養型に変化して増殖することにより産生する強力な神経毒によって引き起こされます。
破傷風菌の胞子は自然環境の中のどこにでもみられ、傷ついた皮膚から体内に入る可能性がありますが、通常は屋外で、ケガをしたときに傷口から菌が入ります。「破傷風に感染しやすい」と考えられる傷には、土や糞などで汚染された創傷、穿刺傷、やけど、挫滅外傷、あるいは壊死組織のある傷などがあります。しかし、明らかに清潔な浅い傷、外科的処置、虫刺され、歯科感染、開放骨折、慢性の潰瘍や感染、薬物の静脈内注射も特に破傷風の原因になっています。米国で報告された症例の10%で原因となる創傷が確認されていません。破傷風はヒトからヒトへと伝染することはありません。
破傷風は世界のあらゆる所で起きますが、ほとんどが適切な予防接種を受けていない人たちに限られています。旅行によって破傷風のリスクが増大することはありません。米国では破傷風の初期の一連の予防接種をすべて受け、適切な追加免疫も受けた人が破傷風になることはまれです。2006年に世界全体で推定290,000人が破傷風で死亡しており、その大半がアジア、アフリカ、南米の人たちです。
破傷風菌は1つの溜まり場としてヒトを含む馬その他の動物の腸内にも存在しますが、腸内では無害の常在菌です。動物やヒトの糞で汚染された土壌または媒介物が感染を伝播します。世界的には、破傷風は農業地域と、土壌あるいは動物の排泄物と接触する可能性が高く、しかも予防接種が不適切な地域で多くみられます。発展途上国では予防接種を受けていない母親から生まれた新生児の破傷風(新生児破傷風)が破傷風の中で最も一般的な形です。
予防接種を適切に受けている旅行者にはリスクはありません。旅行してもしなくても、適切に予防接種を受けていない人が汚染された物体により傷を負ったり、薬物注射をしたり、非衛生的な状態の中で手術または歯科治療を必要としたときにはリスクが増大します。さらに予防接種を適切に受けていない母親が米国外で出産をする場合、出産が非衛生的な環境の中で行われる場合には、その子どもの新生児破傷風のリスクは増大する可能性があります。
破傷風の急性症状の特徴は、筋肉の硬直と痛みを伴う痙攣で、しばしば顎と首の筋肉に始まります。重症の破傷風は呼吸不全となり死亡につながることがあります。潜伏期間は通常3~21日(平均10日)ですが、創傷の性格、範囲、部位などにより1日から数か月と幅があります。ほとんどの場合14日以内に起きます。一般に創傷の汚染がひどいと、破傷風は重症となり、予後が不良で、潜伏期間も短い傾向があります。
全身性破傷風が最も頻度の多い形態で、80%以上を占めます。新生児破傷風は臍帯断端からの感染により起こります。最も一般的な初発徴候は開口障害(咀嚼筋の痙攣もしくは「ロックジョー」)です。開口障害に続いて頚部、体幹、四肢の筋肉群の痛みを伴う痙攣および全身性の強直性の発作様の活動または重症のケースでは明らかな痙攣が起こります。全身性破傷風は自律神経系異常や、重度の痙攣を伴った長期の入院が必要なさまざまな合併症を伴うこともあります。全身性破傷風の臨床経過は事前の免疫の程度、存在する毒素の量、患者の年齢や全身の健康状態により異なります。集中治療を行っても、全身性破傷風の致死率は10%~20%です。
局所性破傷風は破傷風のまれな形態で、創傷の部位に近い領域に限定されて筋肉の痙攣が起こります。局所性破傷風はしばしば部分免疫の人に起こり、通常は軽度ですが、全身性破傷風への進行は起こりえます。
最もまれな形態である頭部破傷風は頭部または顔面に病変が起こるもので、耳の感染(中耳炎)に関係があると報告されています。潜伏期間は短く、通常1~2日です。頭部破傷風は全身性破傷風や局所性破傷風と異なり、痙攣よりむしろ弛緩性の脳神経麻痺を起こします。開口障害も認められます。頭部破傷風は局所性破傷風のように全身性の形態へ進行することもあります。
破傷風は確認する検査がない臨床症候群であるため、診断は臨床的に下されます。破傷風の特徴はまず咬筋と頚筋、続いて体幹の筋肉に痛みを伴う筋収縮が起こります。年長児や成人で破傷風を示唆する最初の徴候として一般的なのが腹部硬直ですが、ときどき硬直は創傷の領域に限定されます。全身性の痙攣が起きますが、それはしばしば感覚的刺激により誘発されます。破傷風の痙攣の典型的な特徴は、後弓反張の姿勢と「痙笑」として知られる、引きつって笑っているような顔の表情です。創傷の病歴または明らかな侵入門戸がない場合もあります。菌が感染部位から見つけ出されることはまれで、通常判別可能な抗体反応もありません。
破傷風は医学的緊急事態で、入院、抗破傷風ヒト免疫グロブリン(TIG)(ヒト免疫グロブリンが入手できなければウマの抗毒素)の投与、破傷風トキソイドの追加免疫接種、筋痙攣を抑えるための薬剤投与、および創傷の積極的治療と、必要であれば抗生物質の投与による速やかな治療が必要です。抗破傷風ヒト免疫グロブリン3,000-6,000 IUを筋注投与します。免疫グロブリンが入手できなければ、破傷風抗トキソイド(ウマ由来のもの)を、過敏症検査を行った後、静注で単回大量投与します。
メトロニダゾールは最適の抗生物質です。回復時間が最も短く致死率が最も低いものです。7~14日間大量投与すべきで、それにより必要な筋弛緩剤と鎮静剤の量を減らすこともできます。創傷は可能であれば幅広く壊死組織を切除して取り除きます。新生児の臍帯の断端の場合には、幅広い壊死組織の除去は適応となりません。
重症度によっては人工呼吸と自律神経系を安定させるための薬剤が必要となります。気道を適切に確保し、必要に応じて鎮静剤を使用します。筋弛緩剤を使用し、気管開口術もしくは経鼻気管内挿管および器械による呼吸補助を併用すれば救命ができるでしょう。治療とともに能動的予防接種も同時開始すべきです。
全国民に行われる沈降破傷風トキソイドによる能動的予防接種を受けていれば、10年以上の間継続的に予防されます。初期の一連の基礎免疫接種完了後、単回の追加免疫を受けることにより、高レベルの免疫が獲得されます。旅行者は初期の3回の破傷風トキソイドによる基礎免疫接種と、最後の接種から10年を越えていれば追加免疫を受けて、破傷風に対する適切な免疫を持つようにすべきです。能動的予防接種を受けた母親の乳児は受動免疫を獲得し、新生児破傷風から守られます。破傷風から回復しても免疫ができたとは限りません。第二の発病が起こりえますので、回復後に初期の予防接種が必要になります。
創傷治療の際の破傷風の予防法
創傷を負った患者の破傷風の予防法は、創傷が清潔なのか汚染されているのかを入念に診察すること、患者の免疫状態の評価、破傷風トキソイドまたは破傷風免疫グロブリンの適切な使用、創傷の洗浄、必要な場合には外科的壊死組織切除、および抗生物質の適切な使用に基づきます。表3-18にTd(破傷風とジフテリアのトキソイドワクチン)または破傷風免疫グロブリンを投与するにあたって、創傷の状況と患者の予防接種の状態をもとにした推奨事項が提供されています。しかし、汚染されていない小さな傷が破傷風を起こしやすいかどうかを判断するのは難しいかもしれません。そうした状況下では、予防接種を3回以上受けている人には、最後の接種から5年を超えていれば、医師は追加免疫としてTdを投与することを考慮すべきです。
7歳を超える小児は、ジフテリアと破傷風トキソイドのワクチンを混合した無細胞性百日咳ワクチン(DTaP)の5回の接種を完了することが推奨されます。DtaPの一連の接種を完了するために前倒しのスケジュールを使用することも可能です。百日咳ワクチンの禁忌がある場合、2種の抗原(ジフテリアと破傷風)の混合ワクチンの接種も可能です。百日咳の予防接種を完全に受けていない7~10歳の小児で、百日咳のワクチンが禁忌ではない小児は、百日咳を予防するためにTdaP(破傷風とジフテリアと百日咳の混合ワクチン)の単回接種を受けるべきです。破傷風とジフテリアのトキソイドを含んだワクチンの追加免疫が必要であれば、7~10歳の小児は、遅れを取り戻すための指針に従って接種を受けるべきで、初回接種はTdaPが好ましい選択です。11~18歳の青年は、推奨される小児用の一連のDTwP/DtaPワクチンを完了していてしかもTdaPを過去に受けていなければ、破傷風、ジフテリア、百日咳に対する追加の予防接種にはTdaPの単回接種をTdの代わりに受けるべきです。過去にTdaPを受けていない青年では、創傷に対する予防法としてTdの代わりにTdaPを使用すべきです。
19~64歳の成人で過去にTdaPを受けていなければ、破傷風、ジフテリア、百日咳に対する追加の予防接種には破傷風トキソイドを含むワクチン(Tdなど)の最後の接種からの期間に関係なくTdの単回接種の代わりにTdaPの単回接種を受けるべきです。65歳以上の成人で、12ヶ月未満の乳児に密接な接触がある、または接触が予想される人で、過去にTdaPを受けていない人は、百日咳を予防し、伝播の可能性を低減するためにTdaPの単回接種を受けるべきです。その他の65歳以上の成人で過去にTdaPを受けていない人は全て、Tdの代わりにTdaPの単回接種をしてもよいです。
百日咳、破傷風、またはジフテリアの予防接種を受けたことがない青年と成人で、免疫が不完全であったり、免疫が不確かな人は、Td/ TdaPのために作成された遅れを取り戻すためのスケジュールに従うべきです。一連の接種の中のTdの接種はどれについてもTdaPが代わりになります。重度に免疫が低下したまたはHIVに感染した小児と成人については、破傷風トキソイドは、免疫反応が最適にならなくても、正常の免疫の人と同じスケジュールと用量が適応となります。
表3-18. 日常の創傷の治療における破傷風の予防法に関する指針の概略
破傷風の予防接種歴(回数) 汚染されていない小さな創傷 その他の全ての創傷
Td1 TIG Td2 TIG2
不確かまたは3回未満 接種する 接種しない 接種する 接種する
3回以上 最後の接種から10年を超えていなければ接種しない 接種しない 最後の接種から5年を超えていなければ接種しない 接種しない
17歳を超える小児には、DTdaP(百日咳が禁忌の場合はDT)が破傷風毒素だけよりも好ましいです。7~10歳の小児で百日咳に対して完全に予防接種を受けていない者および百日咳のワクチン接種に対する禁忌がない者は、TdaPの単回接種を百日咳を予防するために接種されるべきです。破傷風とジフテリアのトキソイドを含むワクチンの追加免疫が必要であれば、7~10歳の小児は遅れを取り戻すための指針により接種を受けるべきで、初回接種はTdaPが好ましい選択です。10~64歳の青年と成人では、患者が過去にTdaPの接種を受けていなければTdaPの単回投与がTdの追加免疫の代わりに提供すべきです。65歳以上の成人で12か月未満の乳児に密接な接触がある、または接触が予想される人で、過去にTdaPを受けていない人は百日咳を予防し、伝播の可能性を低減するためにTdaPの単回接種を受けるべきです。その他の65歳以上の成人で過去にTdaPを受けていない人は全て、Tdの代わりにTdaPの単回接種をしてもよいです。
2250 IUの破傷風免疫グロブリンの筋注(またはグロブリンが入手できない場合には1,500~5,000 IUの動物由来の抗毒素)による受動的予防接種は、汚染されていない小さな創傷で、過去に破傷風トキソイドの接種を受けていない、不明、または3回より少ない患者を除いて、患者の年齢に関係なく適応となります。破傷風トキソイドと破傷風免疫グロブリンまたは抗毒素を同時に投与する時には、別の注射器と別の部位を使用しなければなりません。
3追加免疫の回数をさらに増やす必要はなく、かえって副作用を強める可能性があります。